『ぽこ あ ポケモン』という人生を破壊するゲーム

はじめに

ぽこぽけ(気さくな挨拶)! B4の秋森です。

今回は2026年3月に発売された新作『ぽこ あ ポケモン』のご紹介です。

メインビジュアル

『ぽこ あ ポケモン』とは

『ぽこ あ ポケモン』(海外名:Pokémon Pokopia)は、Nintendo Switch 2で発売された、ポケモンシリーズ初のサンドボックス作品です。

ニンゲンのすがたにへんしんしたメタモンを操作し、ポケモンたちと協力しながら街づくりや自由なスローライフを楽しむ、シリーズ初のサンドボックス型ゲームです。

👇公式HPあらすじ

ニンゲンのすがたにへんしんしたメタモンがイチからはじめる、ポケモンたちとの新生活。

今作の主人公はニンゲンのすがたにへんしんしたメタモンです。木や石などを材料にして道具を作り、きのみを集めてポケモンたちと分け合いながら住みやすい場所を作りましょう。

www.pocoapokemon.jp

何がすごいのか

徹底した「スローライフ」の再現

本作を遊んでいて特に印象的だったのは、「スローライフを楽しむ」というコンセプトが、単なる世界観ではなくゲーム全体の設計にまで一貫して落とし込まれていた点です。

例えば、本作には戦闘や突発的なアクシデントなど、反射神経を求められる要素がほとんど存在しません。

そのため、「早く進めなければ」「効率よく遊ばなければ」といった焦りを感じにくく、自分のペースで世界に没入できます。

ゲームを起動して、素材を集めたり、少しだけ街を整備したり、ポケモンたちが生活している様子を眺めたり——そうした時間そのものが自然と楽しく感じられました。

可愛く添い寝している様子を見ているだけで半日が過ぎる

動線の滑らかさ

また、サンドボックス系ゲームにありがちな「自由すぎて何をすればいいか分からない」という課題も、本作ではうまく解消されています。

建築キット機能によって、建築に慣れていない人でも直感的に街づくりを進められるため、「作りたいけど作れない」というストレスが生まれにくくなっていました。

建築キットだけでこんな立派なお家が

さらに、ゲーム全体の進行設計も非常に心地よく感じました。

新しいポケモンと出会う

   ↓

できることが増える

   ↓

新しい場所やアイテムが解放される

という流れが自然につながっており、「次はこれを試したい」という興味が途切れません。

待ち時間や停滞感が少なく、気づけば長時間遊んでしまう設計になっていました。

単純にコンテンツ量が多いというより、「ユーザーが離脱しやすいポイントを丁寧に取り除いていること」が、本作に熱中した大きな理由だったと感じています。

ストライクくんも役に立ってくれる

感想まとめ

ゲームを遊んでいる最中は、何か大きな事件が起きるわけではありません。

それなのに、気づけば毎日少しずつ起動して、街を触って、ポケモンと暮らしていました。

派手な演出や刺激ではなく、「心地よく遊び続けられること」自体が魅力になっている作品だったと思います。


......ただ、自分は熱中しすぎた結果、発売から2ヶ月でプレイ時間が150時間を超え、一時期は完全にポケモンたち主体の生活となっていました。自分の娯楽時間でも、進んでポケモンたちのお世話をしてしまう、まさに人生を破壊するゲームでした。

最推しヨノワールのために途方もない時間を費やしました

おわりに

今回は『ぽこ あ ポケモン』を紹介しました。 「ポケモンは好きだけど、バトル中心のゲームは少し疲れる」「ゆったり遊べるゲームが好き」という人には特におすすめです。

来月も、その月に気になったゲームや面白かった作品を紹介していきたいと思います。 読んでいただき、ありがとうございました!



著者

秋森(B4)

趣味

ゲームプレイ

方針

目標:毎月更新

内容:その月に発売されたゲームのうち、最も面白かったゲーム / 関心を持ったゲーム / 紹介したい!と強く感じたゲーム などを紹介したい

卒業制作紹介:電子ペーパーを表示装置とした環境決定的変数によるGenerative Art

B4の坂村です。ネットワークデザインスタジオが所属する東京都立大学システムデザイン学部インダストリアルアート学科を2025年3月に卒業しました。

今回は、卒業制作について紹介します。

はじめに

卒業制作では「createdAt: 」という作品を制作しました。

この作品は、実行される環境の情報からその場限り唯一のビジュアル生成を行う装置です。

表示装置として電子ペーパーを用い、実行される環境・装置・生成されるビジュアルをひとつの作品として扱います。本作では実行された「時刻・位置情報・実行ボタンの押下時間」といったミニマムな情報をシード値としてそれらの値をなるべく純粋な形でビジュアルとして提示することを目指しています。

デジタルデータにおける、データ作成日時を示すメタデータ「createdAt」が作品タイトルの由来となっています。

概要

このプロジェクトは、デジタルアートが抱える「完璧なコピーが無限に生み出せてしまう」という複製可能性への疑問からスタートしました。

デジタルデータで作品制作を行っていると、コピーの容易さから、作品としての固有性や唯一性が薄れるように感じます。NFTなどの技術はこれを解決したかに見えましたが、外部的に与えているにすぎず、作品自体の構造を変えるものではありませんでした。そこで、デジタル作品でありながらも実体感と唯一性を本質的にもつ作品を作れないかと考えたのが構想のきっかけです。

装置は、大きく分けて以下の要素でできています。

  1. 描画処理の計算を行うマイコン: Raspberry Pi Zero 2 W

  2. 表示装置: 電子ペーパー

  3. 変数表示のインターフェース: 7セグメントLED

  4. 実行ボタン: プッシュスイッチ

描画処理を行うプログラムが、実行時の「時刻(UNIX Time)」「場所(緯度経度)」「ボタンを押していた時間」を読み取ります。これらの値は7セグメントLEDによって提示され、ハッシュ関数やPerlin Noiseを用いて幾何学的なピクセルパターンを生み出します。

本作の最大のポイントは、「生成されるビジュアルは電子ペーパー上で初めて結実し、その上にしか存在しない」という点です。マイコンで行う生成処理においては、画像を生成するのではなくピクセルデータとしての配列を生成するだけです。その配列データが電子ペーパーに送られ、表示されて初めてビジュアルとして結実します。

マイコン側では画像データを持たないので、ビジュアル作品は電子ペーパーの上にのみ存在することになります。 また、電子ペーパーは一度書き込むと非電力で表示を保持できる特性を持っています。つまり、電子ペーパーは表示装置であるだけでなく、作品を保存する唯一のメモリとしても機能しているのです。

生成される作品はデジタルデータとしてではなく、電子ペーパー上にのみ物質化されて残る、という仕組みになっています。

装置はあえて配線やコンポーネントが見える形にすることで、過度に洗練された同質的なデバイスによってデジタル作品が消費されていくことへの対比的な構造としました。

実行例

実行時刻、場所、ボタンを押す長さのどれか1つでも異なれば全く違う結果になるため、同一のビジュアルを再生成することはできません。

いつでもどこでもコピーでき閲覧できるデジタル表現とは真逆の、その場所と時間にしか存在し得ない作品の制作を目指しました。

youtu.be

卒業制作展

こちらの作品は、2026年3月に東京都美術館で行われた卒業制作展において発表を行いました。

industrial-art.sd.tmu.ac.jp

装置だけでなく展示什器を含め全てを自作しました。

来場された方々とのコミュニケーションの中でも自分が見えていなかった視点からの質問や考えなどが聞け、展示するからこそ得られたものも多くありました。

今後の展開

本作では、デジタル作品が本来持ちにくい唯一性や固有性を、電子ペーパーという物質的な存在に結びつけることで立ち上げることを試みました。

卒業後は修士課程に進み、テーマは変わりますが、引き続きデジタルと物質性の関係を軸に制作と研究を続けていく予定です。 今回のように、仕組みや装置のレベルから作品のあり方を問い直すアプローチを、今後も発展させていきたいと考えています。

紙とペンでAIと会話できる装置をつくった

はじめに

こんにちは 昨今のAIモデルの多さについていけていない、坂村です。 紙とペンを使ってAIと会話をする、そんな体験ができる装置を制作したので紹介します。

plotchat

このプロジェクトの大きな特徴は、紙とペンという最も原始的なインターフェースによってAIとの会話を行えるというものです。 ユーザーが書いた手書きのメッセージに対し、AIが紙とペンを使って返答をしてくれます。 AIは、ペンプロッターという装置を使ってあなたへのメッセージを紙に書いてくれます。スクリーン上で展開されるチャットUIや音声モードのようなテンポ感は皆無とも言えますが、1字1字メッセージを書いていく様はどこか愛らしさを感じます。

youtu.be

どうやって動いているのか

このシステムは大きく分けて3つの要素からなっています。

  1. メッセージを読み解き返信を生成する、脳としてのAI
  2. メッセージを読む、目としてのカメラ
  3. 実際に文字を書くための手としてのペンプロッター

上記は全てPythonを使って実装されたプログラムによって1つのシステムとして動いています。

脳としてのAI

AIは2つの処理を行なっています。

  • ユーザーが書いたメッセージを画像をもとに理解する処理
  • そして返信を生成するための処理

今回はテキスト生成と画像認識が可能なGemma3というモデルを使用して上記の処理を行っています。 特筆すべきは全ての処理がローカルで動作し、インターネットの接続がなくても体験することができる点です。普段馴染みのあるOpenAIやClaudeをはじめとしたAIのシステムはAPIによって供給されるため、インターネットの接続、そして何といってもAPIの使用料がかかります。テストのために多くの処理をしているため、この使用料もなかなかな負担です。 今回は簡単なメッセージ生成という比較的軽めな処理のみだったため、ローカルLLMを走らせることで節約を図りました。

目としてのカメラ

装置全体をなるべく小型化したかったことから、小型のマイコンであるESP32のカメラモジュールを使って実装しています。 このカメラモジュールは、WiFiを通じて特定のIPアドレスから画像・映像の送信が可能で、この映像を使ってテキストの検知を行っています。 ユーザーのメッセージは書き終わり次第自動で検出されるようになっています。 MediaPipeという機械学習モデルを使って手を検出し、手が映像領域内から消えたらメッセージを書き終わったとしてメッセージ認識用の画像を撮影する、という流れになっています。

手としてのペンプロッター

ペンプロッターとはXYZ軸を持ち、アームの先端にペンを持つことができる装置で、任意のSVGなどを描くことができる装置です。 この装置を研究室にて発見したことがこのプロジェクトの始まりで、コンピューターとのやり取りに紙とペンが介在するというロマンから構想を始めました。 AIが生成した回答はSVGとしてペンプロッターに渡され、まるでペンプロッターが意思を持ったかのようにメッセージを返してくれます。

動作・リアクション

このシステムは通常のチャットのように連続して会話を行うことができます。ローカルLLMを使用しているため高度な質問には回答できませんが、基本的なあいさつ等はそつなくこなすことができます。 先日大学のオープンキャンパスが開催されたため、研究室の展示の1つとしてこちらを展示を行いました。AIとのチャットに普段から慣れ親しんでいる年代の人々に体験してもらい、返答速度・筆記の遅さや少しづつ返答が紙上に現れる様などは利便性とは異なる視点から面白がってもらうことができました。 誤動作やローカルLLMによる完璧すぎず返答が少し見当違いな様子も愛らしさとして受け止められ、便利さとは異なる方向性でのAIの利用方法にも期待を感じました。

スロバキアでのインターンシップ生活:IAESTE

はじめに

こんにちは。B4の坂村です。

B4と語るのは2度目、昨年は休学をしてインターンシップに参加していたからです。

2024年6月から2025年2月にかけての8ヶ月間にわたるスロバキアでのインターンシップ生活、今回はその振り返りをしていこうと思います。

前半はインターンシップに行くまでの流れを、後半は現地での生活について書いていますので、興味のある箇所を読んでいただければと思います。

お城と街並み一望

インターンシップに行くまで

IAESTE・応募について

僕が今回参加したインターンシッププログラムは「IAESTE」という世界各国間で理系分野(STEM分野ともいうみたいですね)の学生にインターンシップの機会を提供する非営利団体の行うプログラム。

毎年4月と9月に募集を行なっており、去る2023年の9月、このプログラムに応募しました。

ひと口にIAESTEのインターンシッププログラムと行っても2種類の応募方法が用意されています。

それが「Global Internship」と「Exchange Internship」。字面だけ見ると違いが分かりにくいですが、違いは以下の通り。

  • Global Internship

    • 既出のインターンシップの募集(国・インター先機関・期間などが公表されている)に対して学生が応募
    • 1つの募集に対して複数の学生が応募する可能性があり、落選の可能性あり
    • 複数回応募可能
  • Exchange Internship

    • 学生が事前に履歴書や希望職種、希望のエリアや期間をIAESTEに提出
    • 提出された情報からIAESTEが要件を満たすインターンシップを学生に提示
    • 学生はこのインターンシップを受けるかどうかを判断する
    • 複数回応募不可
      • 原則IAESTEからの提案は1度きりで、これを拒否した場合その募集期間でのインターンシップの機会を失う

以上に加えて応募時の要件はGlobal Internshipの方が厳し目です。

そして僕は後者のExchange Internshipに応募し、中央ヨーロッパスロバキアでのインターンシップの機会を得ました。 (1度他国でのインターンシップを提案されていました。都合があわず断念しかけましたが、交渉の末スロバキアインターンシップを改めて得られたので、この辺の柔軟性・可能性はあるかもしれません。)

Exchange Internshipに応募した理由は、「自分で決められない偶発性に委ねた方がおもしろい」からです。

自分で選択できるGlobal Internshipを選んだ場合どうしても耳馴染みのある国を選んでしまったり、無難な選択をしてしまう気がして、どうせなら全く選べない方が楽しいじゃん!とノリと勢いでExchange Internshipに応募しました。

結果、スロバキアという「名前は聞いたことあるな...?」程度の認識の国でインターンシップを行うことになりました。いま振り返ると、この時の選択は間違っていなかったと嘘偽りなく言えます。 もしこの時これを選択していなかったら渡航先としてスロバキアなんて発想は出ないからです。

すっかり馴染んでしまったスロバキアの国旗

インターンシップ応募から渡航まで

以下は大雑把なインターンシップに行くまでの流れ。

インターンシップの提案を受けてからの流れが加速度的に早かったのを鮮明に覚えています。見ての通り受け入れが確定してから渡航まで1ヶ月と、僕の場合だけかもしれませんが、おそらく他のどのプログラムよりも慌ただしい展開だと思います。

わずかな準備期間には主に以下のことをしました。

  • 現地IAESTEスタッフとのコンタクト
    • 長期間の滞在のためのビザの取得方法の確認
    • 現地の居住先の確保
  • 航空券の確保
  • 語学学習 - なし 🫠

IAESTEのインターンシップは基本が英語とのことでたかを括ってスロバキア語の勉強はゼロで挑みました。スロバキア語を勉強する余裕があるほど英語も自由でなかったからです... が、8ヶ月の滞在でスロバキア語が話せなくてピンチ!なことは無かったのでこの判断は正解でした。(英語はもっとできるようになってから行きたかった...)

直行便はないためウィーン国際空港を利用

現地での生活

国の印象

スロバキア中央ヨーロッパのさらに中心、西にオーストリア、東にウクライナ、北にチェコ、南にハンガリーを隣国とする国。人口は540万人で東京都(1400万人)の約3分の1(2025/04現在)とこぢんまりとした国です。 首都であるブラチスラバは周辺国の首都と比べても小さめ。1日あれば主要な名所を見られるほどの小さな街で、ヨーロッパらしく古い街並みが今でも残っており、不思議と落ち着く街です。 真四角のお城とUFOと言われる橋、周辺国も貫くドナウ川が印象的。

ドナウ川ブラチスラバ

言語

事前に仕事は英語で行われると聞いてはいたものの、実際に現地に行くまではヒヤヒヤでした。言語学習アプリに「スロバキア語」の文字はなく、わずかに本があるだけで学習を諦めていたからです。

実際に現地に行ってみると大半の人は英語を話し(30-40代以下の人はほとんど英語を話す)、バスやスーパーなどでは現地語のみ、という感じでした。 言語でコミュニケーションを取らないといけないシチュエーションでは英語を使えたので、つたない英語でなんとかやっていけ、定期券の購入やビザの取得などで現地語が必要な場合はIAESTEのメンバー(現地の大学生)の手を借りたりなどして乗り切っていました。

現地で数名の日本人と出会いましたが、数年滞在している人でもスロバキア語を話せず英語だけで生活している方もいたりと、公用語のような立ち位置として英語が使えるのだなぁと島国育ちの人間としては感心してしまいました。

結果8ヶ月の滞在で覚えたスロバキア語はあいさつのみ(Ahoj:やぁ、Dobrý den:こんにちは)と、恥ずべきバリエーションとなっています。

スーパーの文字は何も読めない

仕事

普段からWeb制作周りの技術を触っていたこともあって、現地ではECを主としたWebサイトの開発を行う会社でインターンシップをしていました。 この会社では毎年IAESTEを経由してインターン生を受け入れている会社で受け入れに対して慣れているようで、こちらとしてもやりやすく荷が軽かったです。

ヨーロッパの国々は日本と異なり一国の人口が少なくサービスを国内需要のみで維持することは難しいため、近隣諸国に対してもサービスを展開しています。メンバーやクライアントは周辺国の出身の人々も多く、社内公用語は英語で行われていました。必要に駆られているとはいえ、互いが異なるバックグラウンドを持ち、双方が歩みよってコミュニケーションをとっていくことが自然、という態度は学ぶべき姿勢だなと感じました。

同じプログラムを使ってドイツからもインターンが同僚として働いていたことも大きな影響がありました。留学と違い、同世代の仲間の少ないインターンシップという環境において、同い年の存在は光明です。 第一言語でないにも関わらず当然のように流暢に英語を話す同い年の存在は絶大なもので、彼がインターンシップを始めてからの僕の英語の伸び率も上がりました。日々の雑談やフランクなコミュニケーションが一番の学習になるなと身をもって感じました。

職場の屋上からの景色

生活

はじめてのヨーロッパでの生活は刺激に溢れた日々でした。街並みから食事、交通事情まで、すべての事を一旦立ち止まって考えなければ事を運べない日々は新鮮です。 はじめは旅行者のような感覚で全てが新しく感じますが、旅行とは違って段々とその街の当事者になっていく感覚は特別なものがあります。

8ヶ月間滞在したアパートはシェアルームで、留学等で外国から来る若者が数ヶ月単位で入れ替わり立ち替わりメンバーを交代しながら住んでいました。家賃は一人あたり東京で1Kを借りるのと同じくらいの金額ですが、リビングなどの共用部がかなり広い3LDKをシェアしていたこともあって優雅な気分で生活を送っていました。

自室

食事に関して、スロバキアにはいくつか伝統料理はあります。内陸国のため基本的に魚料理はなく、基本的に肉とじゃがいもで構成されています。全体的に重めの食事が多く、現地の人々もこういった伝統料理はあまり頻繁には食べないといっていました。 スロバキアは料理よりもむしろ、お酒、特にビールについて語らなければいけません。チェコと並んでビールの生産地として有名で、その種類は膨大でどのスーパーに行っても多くの種類の銘柄が並び、500mlでペットボトルの水よりも安いものもあります。(恩恵に預かって文字通り毎日ビールを飲んでいました。)

伝統料理ハルシュキ:小麦粉とチーズ

パブで提供される5Lのビール

物価は周辺国に比べて安いとはいえ外食の値段は日本の1.5-2倍ほどの価格なので基本的には自炊をしていました。見知らぬ食材で料理を創作してみたり、ルームメイトと自国の料理をシェアしあったりと楽しくサバイブしていました。

街並みはさすがヨーロッパ、特に旧市街と言われるエリアには多くの美しい昔からの建物が立ち並び、下を見ると石畳の道路、上を見るとオレンジ色の美しい屋根を見ることができます。 ソ連との関係もあったことから、社会主義的な団地が広がるエリアもあったりと、小さい都市ながら歴史を一挙に感じられる良い街です。進行形で経済成長中なことから、多くの商業施設の計画や再開発が進められており、数年後にはみられないかもしれない景色も多くあるのかもしれません。

旧市街の景色

ソ連時代を想起させるアパート群

若者を中心に政治不信があることから滞在後期には毎週末のように政府に対する抗議活動が行われていました。人口が東京の約3分の1とは思えないほど多くの人が集まっており、つい30-40年前に独立を果たした過去や国境を接するウクライナ情勢が他人事でないという意識など、政治に対する当事者意識の高さをひしひしと感じました。

抗議活動の様子

周辺国への旅など

はじめにスロバキア行きが決まった時は想像していなかったこととして、中央ヨーロッパの小国という特性から多くの隣国に気楽に旅ができるという利点がありました。最も近いオーストリアは、首都であるウィーンまでバスで1時間、チェコプラハまで電車で5時間、ハンガリーブダペストまではバスで3時間と隣の県に行くようなノリで国境を超えることができます。他にも夜行バスを使えばイタリアをはじめとした人気の観光地に行くこともでき、滞在中に多くの国に観光に行くことができました。この話は追って記事を書こうと思っています。

旅で訪れたベネチアスロバキアから夜行バスで10時間

さいごに

スロバキアという日本人にとってはあまり耳馴染みのない国に飛び込んでインターンシップをした経験は間違いなく僕の人生にとって大きな出来事になりました。

ランダムに選ばれた国で半年以上生活するという経験もなかなかにレアなものだと思いますが、何事も躊躇せずに飛び込んでみると面白い結果が待っているものです。

その場でどうにかする力、というものを確かに得られた8ヶ月間でした。

私の大学生活を振り返って

はじめに

こんにちは。ネットワークデザインスタジオB4の山上です。 3月になり、花粉に苦しんでいます。 今日は私の大学4年間を振り返ります。

アカペラサークルでの活動

高校生の頃、よく見ていたYouTuberがきっかけでアカペラを聴くようになりました。通学中や勉強中も聴くほどハマっていて、大学に入ったら絶対アカペラをやろうと決めていました。1年目はコロナ禍の影響もあり、あまり活動できませんでしたが、念願のアカペラはとても楽しかったです。

歌うのも好きでしたが、私が特にがんばったのは作譜です。作譜とは、原曲をアカペラ用に編曲することを指します。アカペラの楽譜は販売されているものもありますが、種類はそこまで豊富ではなく自分達で作るのが主流になっています。ピアノをやっていて音楽理論の知識はあったため、ソフトの使い方を先輩に習った後、作譜ができるようになりました。自分の頭の中の構成を形にして、みんなに歌ってもらうのが快感でした。大学祭や2月に開催する外部向けのライブで発表することができたのも楽しかったです。何よりサークルで仲の良い友達ができて嬉しかったです。

アルバイト

お金を自分で稼げることが嬉しくて、アルバイトをたくさんした4年間でした。職種は飲食店、本屋、ゲームセンターなど色々経験しました。人間関係の保ち方や集団にいる時の効率的な動き方だけでなく、お酒の種類や名前、ブックカバーの作り方、アニメの知識など様々なことを知ることができて楽しかったです。

特に印象に残っているのは雀荘のアルバイトです。麻雀に対するイメージは人それぞれだと思いますが、最初は雀荘で働いていることを他人に言うと心配されることがよくありました。ギャンブルや喫煙のイメージが強いからでしょうか。実際は思ったより綺麗で、お店の人や常連さんにもよくしていただき楽しく働くことができました。バイトを始めてから麻雀をする機会が激増し、自分の麻雀の腕はメキメキ伸びたと感じています。

麻雀は運要素が強いゲームです。運がいい時は、初心者でもプロからあがることができます。しかし、どれほど運があっても、数を重ねると徐々に実力が表れてプロの方が成績が良くなります。麻雀のいいところは、初心者でも楽しむことができるし、勉強すればきちんと実力が反映され突き詰める甲斐があるところだと思います。これからも趣味として楽しんでいきたいです。

まとめ

たくさんの出会いがあった4年間でした。自分自身はまだまだ子供だと思っているのですが、いつの間にか社会人になろうとしていて驚いています。振りかえってみると、色々な人と関わる中で少しずつ大人になっていたのだと気づきました。高校とは違い自由にできることが増え経験値は積めたけれど、肝心の学校の勉強は少々おろそかになってしまったと反省しています。社会人になっても学ぶことは多々あると思うので、そっちはおろそかにしないようにします。

編入して2年

ネットワークデザインスタジオB4の魚田です。編入してから2年が経ち、卒業することになったので、大学生活を振り返ってみます。

編入のきっかけ

元々は建築を学んでいましたが、もっと範囲の広いデザインについて学びたいと思い、編入先を探したときに、先生から紹介されたのがきっかけかなと思います。そして、決め手になったのは、以前から若いうちに住んでみたいと考えていた、東京に住むことができることでした。

試験の日は、お昼にペーパーテストと面接したのち、美術館に行ったり、友人とご飯を食べにいったことを今でも覚えています。 地元に戻って、高専で哲学の講義中に、結果を見たのも思い出深いです。

合格後は単位変換作業をクリアし、東京国際フォーラムでの式典後、日野でのキャンパスライフが始まりました。入学当初は、知り合いが少なく寂しいこともありましたが、運よく友人ができたので、かなり助かりました。

学べたこと

一番はコードを書いて、なにかを作ることです。編入前にはまったくそういった経験がなく、縁が無いものだと思っていました。

きっかけは、単位のためにとった講義の課題、Webタイポグラフィーを作るというのものでした。制作を始める前に紹介された先行作品は、平面的なものが多かったことが印象に残ったのを覚えています。そこで事例との差をつけるために、立体的にしてみようということで、月をモチーフにした作品を作りました。このWebでの立体表現というのは今でも取り組んでいます。

そのほか、いろいろな発表会に参加し、その空気感が楽しかったです。

八王子

プライベート?に関しては、大学に通うにあたって、はじめての一人暮らしを始めたことが一番の思い出になりました。朝起きて、家事をして、学校に行って、寝るという暮らしからは学べることが多かったです。家では、音楽を作る時間が長かった気がします。

山手線圏内からは遠いこと以外には特に文句のない街で、中央線と京王線にはとてもお世話になりました。駅前にはよく散歩しにいき、ピザ屋さんやパン屋さんに通いました。府中と立川にもお世話になりました。

最後に

大学にきて、なんだかんだ知り合いも増え、知らない世界を知ることもでき、楽しい生活だったと思います。 機会があれば大学院にも進むのもいいかもと考えています。

色々とお世話になりました。

大学の4年間を振り返って

ネットワークデザインスタジオB4の鈴木です。この4年間を通して良い環境や人に恵まれ、たくさん学び、遊び、趣味を持ち、自分にとって刺激的な日々だったと感じています。3月で東京都立大学を卒業するので、4年間を振り返ってみようと思います。

1.授業

インダストリアルアート学科の授業は課題制作が多く、グループワークや個人での制作を通して色々なことを学びました。特にグループワークでは、メンバーの得意なことを把握しながら計画的に作業を進める能力が身についたと感じています。インダストリアルアートの専門的な授業のみではなく、他学科の授業を多く受講できたのも総合大学である大きなメリットだったと感じています。 特に『産業と法規』という授業が印象に残っています。この授業は現役の弁護士の先生が担当の講義形式の授業で、システムデザイン学部専門科目の一つです。法や裁判の仕組みなどの基礎的な知識、知的財産権に焦点が置かれています。インダスの学生にとって縁遠そうな法律の授業ですが、社会人として役立つ内容が多く、面白かったです。

2.サークル

アカペラサークルに所属していました。学科同期にアカペラサークルに興味のある友人が多く、歌は未経験でしたが中学と高校で音楽経験があったので、つられて所属することになりました。 結果としてたくさんの人と知り合うことができ、様々な経験が得られました。 中でも印象に残っているのは、私が幹事となって企画した夏合宿です。3泊4日の旅程計画やコロナ対策などを通して、たくさんのことを学びました。自分が主導となって物事を進めることや、想定外の出来事に対応することなど、今後に役立つ経験ができました。

3.アルバイト

大学1年生の春からリサイクルショップのアルバイトを始め、約4年間勤務しました。通常の小売業と異なり、スタッフが品物の査定や商品の加工をする点に特色があります。そのため扱う商品についての知識を身につけなければなりません。中でも着物や食器について学ぶことが多く、ここで働いていなければ知ることがなかった知識を得られました。また接客に臨機応変さが求められるため、知らない人と話す自信が身につきました。一緒に働く人にも恵まれ、同じ大学の中では出会えない色々な背景や経験を持つ人達との会話は得ることが非常に多かったと感じます。

おわりに

この4年間の生活は決して楽しいことばかりではなく、課題や就職活動では自分の将来の方向性を探すのに苦労した時間も多くありました。しかし何よりもこの4年で得られたものは大きく、私を支えてくれるたくさんの人の温かさに気づけた時間でもありました。大学の4年間を通して得られた縁や経験を大切に、社会人として歩んでいきたいです。